コロナ騒動について今思う事(その3) (2020-05-14)

 今回のコロナ騒動で出てきた「自粛要請」という言葉、「自粛」を「要請」するという矛盾した言葉遣いに現れているとおり、残念ながら十分な補償が行われていません。「経営者が勝手に休業しているのだから補償は必要がない」ことにされてしまうからです。極論を言えば「勝手に自粛しているのだから補償や生活支援の必要はない。」それぞれ自分の意志をもって自粛して休んでください。つまり「志願」なのですという理屈です。

 太平洋戦争時の「神風特別攻撃隊」もすべて「志願」という形をとったのは有名な話です。つまり命令ではないので上官の責任は存在せず、特攻隊員は死ぬことを志願したという体裁を整えたのです。ですから指導者が「責任」を取らないという風潮は特攻を編成した多くの佐官・将官たちが戦後穏やかな余生を送ったように今に始まったことではないのです。

 困窮しているのに何の補償受けられず、「自粛」をした国民のこの春の記憶も「公共の利益を優先して個人的な損失を顧みず休業した店舗は日本人の美徳であり絆だったと言える」として後世に語り継がれるとしたら、個人的には恐ろしさしか感じません。政治家の会見で多用される「心に寄り添って」などの耳触りの良い言葉の裏に隠されているものは何十年も変わらないこの国の欺瞞なのではないでしょうか?

 恐ろしいと言えば「コロナ警察」という現象も・・・日本人はいつからこのような陰湿かつ狭量な行為を正義と勘違いするようになってしまったのでしょうか?文献的な考察によると江戸時代までの日本人には陰湿な同調圧力は希薄だったとされています。秀吉の時代の宣教師ルイス・フロイスは「西欧人と比して極めて自由で奔放かつ放任的な日本人」という内容のレポートまで書いているくらいです。

 であるとしたら「コロナ警察」を生み出す「島国根性」とか「日本人気質」というものはどこが起源なのでしょうか?同調圧力に弱く相互監視的で「お上」の意向に弱く従順な性格の日本人の民族性は意外に新しいものであると推測されます。このような翼賛的性質は第二次大戦時の戦時統制下で形成されたと考えられています。

 コロナ騒動でこの狭量で陰湿な気質がむき出しになり、感染した患者宅への投石や差別的な落書きを筆頭に、自粛要請に従わずに外出した著名人を罪人のようにつるし上げ、経済的な事情でやむなく営業を続ける小売店や飲食店に対して市民が営業実態を警察や役所に通報するという事態が相次いでいます。法的根拠に基づかない「この非常時に不道徳である」という観念のみに基づく私的制裁がまかり通ってしまっている状況はとても成熟した法治国家であると思えない危険な光景であると感じます。

 最近では不祥事を起こした著名人を「不道徳である」とSNSやネット掲示板で炎上させ、CMのスポンサー企業に電話やメールで抗議して、徹底的に叩いて制裁するという風潮が目立っていました。このような集団リンチまがいの行為がコロナ騒動によってネット上だけにとどまらずしかも老若男女を問わず街中に噴出している状態になってしまっています。

 私は「隔離」という忌み言葉が用いられ、マスコミが連日感染者数の増減を伝えて大騒ぎをし「みんなで頑張って感染者をゼロに!」を国民運動化してしまったことも原因だと考えます。本来であれば「感染者を適切に治療する」を重視すべきところを「感染者をなくす」と取り違え、感染者を減らすことに執着するあまり「感染者さえいなくなれば平和になる」という感染者排除の誤ったムーブメントが創り出されてしまったと考えます。

 もちろんコロナウイルスの感染症は誰もがみな怖いのですが、年齢や健康状態や経済状態や家族構成などの要因で個々の自粛レベルに相違があるのは当然のことです。またどんなに限界まで自粛していたところで100%の感染予防は不可能です。ですから全くの無防備な行為は非難に値するとしても、恐怖心をウイルスより早く拡散させてはいけません。それぞれがいまいちど冷静になり少し寛容な気持ちで過ごす事が求められていると思います。

 人の真価というものは「困難な状況下」におかれるとはっきりと見えてくるものです。いくら普段「よい人」を演じていてもいざ非常時になると本性が露見するものです。自粛ストレスや不公平感や不満な気持ちのはけ口として、他人を攻撃することによって溜飲を下げるような陰湿な行動は今日この時点からそれこそ自粛しましょう。そしてみんなでポストコロナの未来をどのように生きるかについて建設的に考えてみませんか。

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