エビデンス至上主義という化け物

1991年にカナダの Guyattが提唱したEBM(Evidence-Based Medicine)つまり「科学的根拠に基づいた医療」という言葉は、その分野で権威のある研究者の意見(expert opinion)や臨床家の勘や経験などという曖昧なものよりすべてエビデンス(evidence=科学的根拠)を最優先して医療(治療)行為を選択しましょうという思想を表す言葉です。

確かにコロナ騒動の際にいかにexpert opinion というものが不確実であてにならないかという事実は身を持って経験したわけですが、人類が初めて暴露されたウイルスに関してのエビデンスなど存在しないわけで、あれはあれで仕方なかったのかなと思います。

ところで最近ではエビデンスという単語が社会的に浸透してきているようで、実際の診療で患者さんとの会話の中にエビデンスという言葉が使用される事も少なくないのですが、昨今のエビデンス至上主義のような傾向には個人的にやや違和感があります。

ひとくちにエビデンスと言ってもそこにはエビデンスレベルというのが存在しており、複数のエビデンスを集約した2次情報である「システマティックレビュー」「メタアナリシス(データ統合型研究)」が最上級であり、その下に個々の研究の最上位である「ランダム化比較試験」次いで「非ランダム化比較試験」「コホート試験」「症例対照研究」という序列がありますが、それでは上位ほど合理性が高く有用なのかというと簡単ではありません。

エビデンスを適用する個々の状況、例えば緊急時にレベル上位の研究など待っていられる筈がないのはコロナ騒動で我々は経験しましたし、求めたい結論(結果)が社会的・全体的に得られる成果なのかそれとも生活環境が異なる各個人に対するWell-beingなのかによっても大きく変わります。特に個人のWell-beingを目的とする日常診療の場面においてはエビデンスより治療者の経験や技術や人格が重要な事も多々あります(ここではエビデンスレベルについての詳しい解説は割愛しますので興味がある方は調べてみてください)。

ここで話を医療以外の世界に移していきたいと思いますが、現代は社会全体が単一の政策パッケージで平均的なサービスを受けるという時代ではなくなりつつあります。日本ではまだ所謂「ばらまき政策」がおこなわれる事が多々あるのですが、ばらまかれたリソースを必要とする人と不要な人が存在する訳で、この無駄なリソースをなるべく減らしてより多くの人が納得できるひとつの論拠としてエビデンスを使用しようという意見があります。

しかし従来からおこなわれている政治家の思惑(もちろんお金やしがらみを含みます)で行われる政策よりエビデンスを論拠としておこなう政策のほうが優れているというエビデンスが存在しないのもこれまた事実であり、エビデンスのジレンマとも言えます。

以前のブログでも書いたように日本の社会保障は大きな転換点にきています。現在よりサービスを絞らなければ近い将来に間違いなく破綻します。それでは今後のサービスの着地点をどこに定めたら、提供するサービスを絞っても最大公約数的な理解と利益が得られるのかという議論の中の説得材料として、知識や経験とともにエビデンスという手段が付加価値を与えられるのではないかと個人的には考えているのですが・・・。

ですからエビデンスというのはそれ自体が価値を持つものというより、社会的な目的を達成するための方法であってそれがもたらす価値を証明する論拠として使われるべきものだと私は勝手に解釈しています。

加えてエビデンスは対象とする集団が共通認識している課題を解決するため政治的な介入をして比較できるような事象には非常に有効ですが、マクロ経済や外交問題などには到底適用できませんのでその限界というものも理解する必要があると考えています。

私がたまたま医療人でEBMの仕組みを以前から理解できていたのでエビデンスの社会科学的な応用という話題も自然に受け入れられたというか頭に入ったのですが、日常の生活の中でエビデンスなどという言葉はなかなか出てこないがために、その正体を間違って(誤解して)認識してしまいエビデンスお化けに憑りつかれてしまっている方(特に知識人に多い)が少なからずいらっしゃいます。

データサイエンスの世界と社会科学の世界ではエビデンスの立ち位置というものが若干異なります。またデータサイエンスの世界ですらエビデンスは万能ではなくまして社会科学の世界では限られた分野での有効な手段の一つでしかないという事を理解することが重要だと思います。

ということで、今回のブログで私がお話ししたかった事は、①エビデンス至上主義は間違いであり限界というものが存在する。②エビデンスはある分野の政治的問題を解決する論拠として有効な手段である。という事でした。

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