あけましておめでとうございます (2021-01-04)

 このブログを読んでいただいております皆様、「あけましておめでとうございます」今年が皆様にとりまして素晴らしい1年となりますことを心からお祈り申し上げます。

 昨年はコロナ騒動に翻弄され続け、新しく生まれた社会規範というものに戸惑いながら生活をするという初めて経験する「歴史的な年」でした。従来からある当たり前だった生活様式にいきなり大きな変化が求められた訳ですが、かのダーウィンが進化論の中で語った「生き残る種とは最も強いものではない。最も知的なものでもない。それは変化に最もよく適応したものである。」を心に刻んで、したたかに生き残りましょう。

 そして正月早々、首都圏3知事が「緊急事態宣言」を国に求めるといったニュースも出てきてまさに物騒な年明けを迎えています。

 昨年の緊急事態宣言でおわかりのように、強制力を持たない宣言を発出するのは国民に対する威圧という意味しかないので、小池都知事の「要請」は単なる政治的なパフォーマンスなのですが、発出したらどれほどの中小零細企業から大量の生活困窮者が生じるかという点をまったく軽視している点で、権力者という存在に対して恐怖を感じます。

 特措法の改正もここにきて議論され始めています。強制力と十分な補償をセットにしてという表現は正論に感じる人も少なくないと思います。しかしこの「強制力の行使」という部分において個人的に緊急事態宣言の発出など比べ物にならない脅威を感じます。

 前にも書いたように、日本人というのは同調圧力に非常に弱い民族です。だからこそ強制力のない前回の宣言にも大多数は従順に従ってロックダウンに近い成果をあげました。しかし一方では「コロナ警察」と呼ばれる魔女狩り集団が生まれ問題となりました。

 海外でロックダウンが行われるのは、個人主義が確立され同調圧力など皆無に等しい国民の行動を束ねるには、個々の自由を法的に規制するしか手段がないからなのです。現に法的な規制が行われている中においても、欧米各国で規制に反対するデモが警官隊と衝突している映像はニュース等で頻繁に報道されています。

 では日本のように同調圧力の強い民族に法的な規制を加えるとどうなってしまうのか。同調圧力が極まると全体主義になる・・・これは第二次大戦前の日本が既に経験している最も危惧される現象です。これには右翼とか左翼とかの政治的志向には関係しません。多様性を認めない世界そのものが非常に危険であるという事は戦前の日本だけでなく、ヒトラーやスターリンなどの存在が過去に証明しています。

 コロナ警察と一緒で、自分は正しいことをしているという意識下において「けしからん存在は排除する」という論理が正当化されたとき、いじめ・いやがらせ・暴力・果ては虐殺まで何でもありの状態になってしまい危険極まりない状況を生み出します。

 先日のアメリカの大統領選挙をふり返ってみても、これが「世界一の大国」とは思えないほどグダグダで、各地で誹謗中傷合戦や各支持者どうしの衝突などなどありましたが、民主主義というものは本来こういうものだと思います。各人が自分の生活基盤に基づいて最も有利と思う主張をするのですから簡単にまとまる筈などない。このようなグダグダを経て最大公約数となる着地点を見つけるしかない「衆愚政治」だからこそ安全なのです。

 ですからコロナ騒動を収束させる最善な方策として、ある政治的な判断が正しいかどうかは別問題として(実際に誰も正解はわからないのですが)、的外れに感じられる意見であったとしても一つの見解として多様性を認め保持できる社会でないといけないと思います。日本という国そして民族が全体主義に陥った結果経験した不幸な歴史を繰り返さないためにも、犯罪者以外で法的に個人の行動を規制するのは非常に危険であると思います。

 過去の歴史を見ても永遠に続く感染症の流行はありません。ワクチンや治療薬がなかった時代であっても平均2~3年で終息しています。今回のコロナに関しては死亡者数も現時点ではインフルエンザと同等、しかもPCR検査でコロナ陽性であれば死因がもともとの持病であっても「コロナ死」に入れるという統計学的な問題点も指摘されています。死亡者の平均年齢も厚生労働省からの日本全体での正式なデータは見当たりませんが、各自治体の発表では80歳以上が多く、平均寿命とあまり変わらないのが現状です。

 医療崩壊がしきりに叫ばれていますが、指定感染症2類相当のまま据え置かれているために治療にかかわれる医療機関が公的な病院や大学病院などごく一部の医療機関に限定されてしまっているのが原因です。本来の潤沢な医療資源を全く有効に活用できないために、昨年12月8日に全国保健所長会から厚生労働大臣宛てに新型コロナウイルスの2類相当を見直してほしいとの「緊急提言」もおこなわれています。

 昨年の秋に厚生労働省が2類相当からインフルエンザと同等の5類への見直しを検討した際に、それに強く反対を表明して2類相当に留め置いた各団体については言及しませんが、それらの団体が声高に「医療崩壊」を叫ぶのはいかがなものかと思います。日本にある全ての医療機関が柔軟に役割分担をして対応できるのなら、711名(1/2現在)の重症者の対応など何の問題もなく可能な数字であると思われます。

 このように日本のコロナ対応には不合理でちぐはぐな面があるにもかかわらず、そこを全く議論することなく一足飛びに強制力を伴った特措法の改正がクローズアップされる現状は、コロナ患者が増加する以上に非常に危うい状態ではないかと思います。それより先に打つ手はまだ他にあるのではないかと思われますし、最悪グダグダな状態のまま自然経過に身を任せて嵐の過ぎ去るのを待つ方が強制的に人権を制限できる法律が可決成立してしまうよりまだ安全なのではないかと思えてならないのです。

 いろいろと思いつくまま書きましたが、今回のような事態に遭遇することはある意味においてたいへん貴重な経験でもあります。これをきっかけに労働の形態やIT化など様々な分野で大きな変革が起こると想定されます。私たちはこれらを実際に経験して生き延びてきた「生き証人」となるべく、逞しくかつしたたかに2021年という年を共に歩んでゆこうではありませんか。新たな年を迎えた皆様の身に幸あらんことを祈念いたしまして本年初のブログを締めくくりたいと思います。最後まで読んでいただきありがとうございました。

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